メフェナーボウンのつどう道 / 古処誠二

メフェナーボウンのつどう道

メフェナーボウンのつどう道

ほとんどの人は顔を使い分けているはずだ。人の言葉や表情は必ずしも本心ではない。それがこの小説の主題。1945年春、ラングーンからの撤退行を舞台に、メフェナーボウン、仮面をかぶった人々の姿を描く。
主人公の静子は従軍看護婦だ。彼女たちの表面的な性格は、たとえば次のようなエピソードに裏付けられている。

静子は「早く元気になりましょうね」と声をかけた。兵隊はやはり体ひとつ動かさずにいた。人間らしさもすでになかった。ただ涙の筋がひとつ作られた。脳症患者でもない限り理性は残っている。表情も変わらず、口ひとつ動かさなくとも、患者はしっかりと静子の声を聞いていたことになる。そして確かに救護班の到着を喜んでいた。結局、身動きする姿を一度も見ないまま死体になった。
生と死の狭間にいたその兵隊を殺したのは、自分の言葉だったと今は認めている。内地の新聞でもちあげられる看護婦は、期待に応えようと努めるほど弱っている患者を殺す。

ここの流れと表現、とてもいいと思う。
彼女がかぶるのは現実主義者の仮面。しかしその仮面は他者との関係の中で揺れ動く。一緒に行動する人たち一人一人が、あるいは一時出会っただけの人たちが、別の顔を垣間見せる。それそれのエピソードが生きていると思う。静子との関係で最も重要な役割を果たすのは、静子と親しいビルマ人看護婦、マイチャン。マイチャンの態度は無邪気で理想主義的だが、読み進めるにつれ、彼女も仮面をかぶっていないわけではないことが見えてくる。
静子とマイチャンの別れのシーンはとても切ない。